2017年9月12日火曜日

トラスツズマブ

 2017年9月8日付けで中外製薬から「ハーセプチン®注射用に関する特許権侵害訴訟の提起および仮処分命令の申立てについて」。というプレスリリースがされたので、予定を変更して、トラスツズマブについて分析します。


トラスツズマブの製品情報


有効成分
一般名:トラスツズマブ(遺伝子組換え)
効能・効果
○HER2過剰発現が確認された乳癌
○HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌
剤形・規格
ハーセプチン注射用60(2004年6月薬価収載)
ハーセプチン注射用150(2001年6月薬価収載)
製造販売元
中外製薬株


中外製薬のプレスリリース


 中外製薬のプレスリリースによれば、
”ハーセプチン®バイオ後続品の製造販売承認申請者である日本化薬株式会社に対し、ロシュ・グループのジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として、8月17日付で東京地方裁判所にバイオ後続品の製造販売等の差し止めを求める訴訟を提起し、併せて仮処分命令の申立てを行った”
とのことです。


日本化薬のトラスツズマブのバイオシミラーの開発状況


 日本化薬のプレスリリースによれば、韓国のセルトリオン社と共同開発を進めていたトラスツズマブのバイオシミラー(開発コード:CT-P6)の製造販売承認申請を2017年4月11日に行っているようです。ただし、申請から承認までは約1年かかるので、まだ承認はされていません。
 中外製薬は、薬事審査中にバイオシミラーに対し、製造販売等の差し止めを求める訴訟の提起と仮処分命令の申立てを行ってきたことになります。承認前にこういったアクションが起こるのはとても珍しいケースのように思います。


訴訟の対象特許は?


トラスツズマブの基本特許


登録番号発明の名称特許権者満了日請求項1
特許3040121増殖因子レセプターの機能を阻害することにより腫瘍細胞を処置する方法ジェネンテク1/5/2014HER2タンパク質の細胞外ドメインと特異的に結合するモノクローナル抗体であって、治療有効量の該抗体で加療中の患者内で、HER2タンパク質を過剰に発現する腫瘍細胞の増殖を阻害する抗体。
特許4124480免疫グロブリン変異体ジェネンテック4/5/2015アミノ酸配列:
DIQMTQSPSSLSASVGDRVTITCRASQDVNTAV
AWYQQKPGKAPKLLIYSASFLESGVPSRFSGSR
SGTDFTLTISSLQPEDFATYYCQQHYTTPPTFG
QGTKVEIKRT
を含むポリペプチド。

 特許3040121は、HER2タンパク質を過剰に発現する腫瘍細胞の増殖を阻害するHER2タンパク質の細胞外ドメインと特異的に結合するモノクローナル抗体全てを保護し、特許4124480は具体的な抗体を保護しています。
 この2件の特許がトラスツズマブの基本特許と考えられますが、これらの基本特許は既に満了しています。


対象特許


 中外製薬のレスリリースには、“ジェネンテック社が保有する用途特許の侵害を理由として”と記載されてはいますが、具体的な特許番号は記載されていませんでした。
 しかし、現在、次の2件の特許権に対して無効審判が請求されていることから、少なくともこれらのいずれかが関係していると推測されます。

登録番号発明の名称特許権者満了日請求項1
特許5818545抗ErbB2抗体を用いた治療のためのドーセージジェネンテック8/25/2020(i)抗ErbB2抗体huMab4D5-8を含有し、8mg/kgの初期投与量と6mg/kg量の複数回のその後の投与量で前記抗体を各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与することにより、HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌を治療するための医薬組成物が入っている容器、及び(ii)前記容器に付随するパッケージ挿入物を具備するパッケージ。
特許5623681抗-ErbB2抗体による治療ジェネンテック5/9/2020ErbB2タンパク質が発現した乳腫瘍であると診断されたヒトの患者を治療するための、治療的有効量のヒト化4D5抗ErbB2抗体を含有してなる医薬であって、該治療が(a)該医薬によって患者を治療する、(b)外科的に腫瘍を除去する、及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行うことを含む治療である、医薬。


無効審判の状況

登録番号無効審判番号無効審判請求人無効審判参加人審決出訴事件番号
特許5818545
無効2016-800071
(H28/06/17)
セルトリオンファイザー 無効でない
(H29/07/05)
-
無効2017-800062
(H29/05/10)
ファイザー -係属中-
特許5623681無効2016-800021
(H28/02/15)
セルトリオン-無効でない
(H28/12/27)
平29行ケ10106
(H29/05/10)
 
 特許5818545については、セルトリオンが平成28年6月に無効審判を請求し、その後、ファイザーが参加し、今年の7月に特許を維持する審決が下りています。
特許5623681については、セルトリオンが平成28年2月に無効審判を請求し、平成28年12月に特許を維持する審決が下りています。


セルトリオンとファイザーの関係


 ファイザーのHPで開発品目を確認したところ、適応症をHER2過剰発現が確認された乳がん/HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃がんとするバイオシミラー(PF-05280014)がPhase IIIとのこです。ファイザーがセルトリオンの請求した無効審判に参加し、別途、独自に無効審判をしている理由はここにあると考えられます。
 また、セルトリオンとファイザーの関係ですが、Web検索したところ、ファイザーが買収したホスピーラが欧米でトラスツズマブのバイオシミラーしていたようですので、セルトリオンとファイザーはそれぞれ異なる製品を開発していると推測されます。


特許係争の行方は?


効能・効果/用法・用量の変遷


承認時
効能・効果
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌
用法・用量
通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。

2008年2月(下線部追加部分)
効能・効果
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌
HER2 過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法
用法・用量
1.HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌
通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
2.HER2 過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法
通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。

2011年3月(下線部追加部分)
効能・効果
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌
HER2 過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法
HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌
用法・用量
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌には A 法を使用する。
HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法にはB法を使用する。HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用で B 法を使用する。
A 法:通常、成人に対して 1 日 1 回、トラスツズマブとして初回投与時には 4mg/kg(体重)を、2 回目以降は 2mg/kg を 90 分以上かけて 1 週間間隔で点滴静注する。
B 法:通常、成人に対して 1 日 1 回、トラスツズマブとして初回投与時には 8mg/kg(体重)を、2 回目以降は 6mg/kg を 90 分以上かけて 3 週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2 回目以降の投与時間は30 分間まで短縮できる。

2011年11月(下線部追加部分)
効能・効果
○HER2 過剰発現が確認された乳癌
○HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌
用法・用量
HER2過剰発現が確認された転移性乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法にはB法を使用する。HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法にはA法又はB法を使用する。
A法:通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブとして初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
B法:通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブとして初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

2013年6月(下線部追加部分)
効能・効果
○HER2 過剰発現が確認された乳癌
○HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌
用法・用量(下線部追加、取り消し線部削除)
HER2過剰発現が確認された転移性乳癌にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法にはB法を使用する。HER2過剰発現が確認された乳癌における術前補助化学療法にはA法又はB法を使用する。HER2過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用でB法を使用する。
 A法:通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には4mg/kg(体重)を、2回目以降は2mg/kgを90分以上かけて1週間間隔で点滴静注する。
 B法:通常、成人に対して1日1回、トラスツズマブ(遺伝子組換え)として初回投与時には8mg/kg(体重)を、2回目以降は6mg/kgを90分以上かけて3週間間隔で点滴静注する。
 なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2回目以降の投与時間は30分間まで短縮できる。

 上記のように先発品であるハーセプチンの効能・効果と用法・用量は複数回にわたり変更されており、ハーセプチンには複数の効能・効果と用法・用量が存在します。


特許5818545


 特許5818545の内容を見てみると、“HER2の過剰発現によって特徴付けられる乳癌”、“8mg/kgの初期投与量”、“6mg/kg量の複数回のその後の投与量”、“各投与を互いに3週間の間隔をおいて静脈投与する”という構成要件を含んでいます。そのため、特許5818545は、ハーセプチンの効能・効果/用法・用量のうち、HER2 過剰発現が確認された乳癌のB法しかカバーしてないと考えられます。


特許5623681


 特許5623681の内容を見てみると、“乳腫瘍” という構成要件を含み、“(a)該医薬によって患者を治療する、(b)外科的に腫瘍を除去する、及び(c)該医薬又は化学療法剤によって患者を治療するという工程を順次行う”という構成要件も含んでいます。
 2011年11月の効能・効果/用法・用量の追加以前は、術前投与の効能・効果/用法・用量は承認されていませんので、特許5623681は、少なくとも、HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌、HER2 過剰発現が確認された乳癌における術後補助化学療法、HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌の効能・効果/用法・用量をカバーしていないと考えられます。
 また、必ず“術前補助化学療法→外科的手術→術後補助化学療法”しなければならいというわけではありませんから、現在のハーセプチンの効能・効果/用法・用量の一部しかカバーしていないのではないか?という議論もあり得ると思われます。


特許係争の行方

 
 特許5818545と特許5623681は、ハーセプチンの効能・効果/用法・用量の全てをカバーしているわけではないと考えられます。
 通知「薬食審査発第0605014号」によると、
“先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量(以下、「効能・効果等」という。) に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、後発医薬品を承認できることとすること。この場合、特許が存在する効能・効果等については承認しない方針であるので、後発医薬品の申請者は事前に十分確認を行うこと。”
とされています。
必ずしも先発品と同じ効能・効果/用法・用量にする必要は無く、一部の効能・効果/用法・用量でもバイオシミラーは承認されると考えられます(“基本効能申請”や“虫食い申請”と呼ばれています。)。
 そのため、例えば、トラスツズマブのバイオシミラーの効能・効果/用法・用量が、
効能・効果
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌
HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌
用法・用量
HER2 過剰発現が確認された転移性乳癌には A 法を使用する。
HER2 過剰発現が確認された治癒切除不能な進行・再発の胃癌には他の抗悪性腫瘍剤との併用で B 法を使用する。
A 法:通常、成人に対して 1 日 1 回、トラスツズマブとして初回投与時には 4mg/kg(体重)を、2 回目以降は 2mg/kg を 90 分以上かけて 1 週間間隔で点滴静注する。
B 法:通常、成人に対して 1 日 1 回、トラスツズマブとして初回投与時には 8mg/kg(体重)を、2 回目以降は 6mg/kg を 90 分以上かけて 3 週間間隔で点滴静注する。
なお、初回投与の忍容性が良好であれば、2 回目以降の投与時間は30 分間まで短縮できる。“
とされた場合、この一部の効能・効果/用法・用量は、特許5818545と特許5623681にカバーされていませんので、日本化薬のトラスツズマブのバイオシミラーは、早ければ、2017年4月の製造販売承認申請から約1年経過後の2018年4月承認~5月薬価収載ということもあり得ると考えられます。
 もちろん、上記のような効能・効果/用法・用量の使用数が少なく、市場性の観点から先発品であるハーセプチンと同じ能・効果/用法・用量を選択するということも考えられます。しかし、ハーセプチンと同じ能・効果/用法・用量を選択した場合、無効審判において、特許庁が「特許5818545と特許5623681は無効でない」と判断しているますから、この特許庁の判断が覆るまでは、バイオシミラーの承認はされないのではないでしょうか。

 無効審判、侵害訴訟、薬事審査の行方等、今後の動向が注目されます。







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